『HK-32解説・管球王国Vol.86抜粋』 |
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■KT120/150・シングルアンプ オーソドックスな回路で優れた音質を気軽に楽しむ『HK-32』 |
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タムラ製作所からリリースされました、管球アンプ用トランス900シリーズのリニューアル版搭載機、その第一弾として300Bシングルアンプ「HK-30」、第二弾としてKT150PPモノーラルアンプ「HK-31」をご紹介しました。引き続き第三弾として、KT120/KT150シングル・ステレオパワーアンプ「HK-32」をご紹介します。
KT120あるいはKT150のような、大きな最大定格値を持つ出力管を採用したシングルアンプでは、出力管の実力を最大限引き出そうとすると、高いプレート電圧と、大きなプレート電流を流す比較的規模の大きなアンプになりがちです。
あるいは回路上でドライバー段と出力段の間にカソードフォロワーなどのバッファーアンプを入れた、固定バイアスA2級シングルアンプとすることで、より高出力と高性能を志向する設計とすることもあります。しかし、いずれにしてもこれらの回路は“お手軽アンプ”からは少し離れてしまいます。
そこで本機では、900シリーズのリニューアル版シングル用出力トランスF-915Aを搭載し、電圧増幅部には12AU7による2段直結回路を採用したオーソドックスな回路構成とし、出力管KT120は自己バイアスUL接続シングルアンプとし、むやみに高性能大出力は狙わず、KT120あるいはKT150の高音質をお気軽に楽しめるアンプとしてみました。
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■『HK-32』の回路構成は、抵抗負荷ドライバーでKT120をドライブ。KT120は自己バイアス・Aクラス動作。 |
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HK-32の全回路図は<■HK-32・回路図・実体配線図・特性.pdf>に掲載しました。
電圧増幅段は12AU7による抵抗負荷2段直結回路を採用しました。出力段はUL接続されたKT120によるAクラス自己バイアス回路、出力トランスは一次側インピーダンス5kΩのF-915Aを搭載しています。出力トランスF-915Aの一次側最大許容電流は70mAと規定されていますので、この規格を考慮してKT120のプレート電流は60mAに設定しています。
KT120あるいはKT150を使用する上では、150mAくらいのプレート電流は何の問題もなく流せますし、最大出力も高圧大電流で出力20Wあたりまでは容易に得られる球ですが、シングルアンプでは出力トランスの制約もあり、むやみに大きなプレート電流は流せません。
シングルアンプ用の出力トランスの一次側DC重畳電流は規定値を超えるような大きな電流を流しますと、磁束密度の増加に伴い磁気飽和状態に近づき、一次巻き線のインダクタンスの低下を招きます。インダクタンスの低下は低域再生に支障をきたし、エネルギー感のない寂しい音になってしまいます。
一方、出力トランスのコアギャップ(エアギャップ)を広げればDC重畳電流の許容値は上がりますが、今度は挿入損失の増加、漏れ磁束の増加、さらには高域周波数でのインピーダンスの乱れなど、高品質、高音質志向のオーディオ用出力トランスの設計ではむやみにエアギャップを広げることはできません。
F-915Aの一次DC電流の許容値70mAはこうした背景から決められた値なのです。本機の回路構成はオーソドックスな回路ではありますが、電圧増幅部の各部定数はクリティカルに設定し、与えられた条件の中でKT120の実力を最大限発揮できるよう配慮された回路設計としています。
HK-32のレベルダイアグラムは下記に示しました |
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初段部のゲインは22.3dB、2段目ドライバー段は20.8dBのゲイン設定です。
回路全体での無帰還時のトータルゲインは34.5dBの設定、これにNFBを約10dB施し、本機の仕上がりゲインは24.8dBです。
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本来前段にプリアンプを接続することを前提にしていますが、このゲインは暫定的にCDプレーヤーを直接つないでも、十分な音量を確保できるゲインに設定されています。
出力段はUL接続、自己バイアス動作、プレート電圧(P-K間電圧)404V 、プレート電流は60mAで最大出力9.4Wを得ています。ここでKT120のプレート損失を計算してみますと、P-K間DC電圧は404V、プレート電流は60mAですのでプレート損失は24.3Wほどになり、KT120の最大プレート損失の定格値は60W、この結果KT120は最大定格の50%以下で動作していることになり、長寿命が期待できます。
ドライバー段と出力段の間にバッファー回路が入らない本機の回路構成では、ドライバー段のリニアリティー(直線性)の確保がキーポイントになります。電圧増幅段のリニアリティーが十分確保されていないと、出力段を最大出力まで追い込めず、出力段より先にドライバー段が飽和してしまうというアンプになってしまいますが、本機のドライバー段のリニアリティーを測定した様子を下図に示しました。
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KT120のカソードDC電圧は49V、この電圧がバイアス電圧となります。
本機の動作条件でKT120から最大出力を得るためには、バイアス電圧49Vの実効値34.6Vrmsが最低限必要になるドライバー段の出力振幅になります。
ドライバー段リニアリティーの測定結果からは、60Vrmsあたりまではノンクリップの出力振幅が得られており、本機の電圧増幅段の定数設定は適正であることがわかります。 |
電源部は電源トランスPC-1036を搭載し、整流ダイオードにはこのところ定番になりつつある、シリコンカーバイト・ショットキーバリア・ダイオード(SiC
SBD)を本機でも採用しています。
SiC SBDの音質は良く締まった低域、そして晴れ晴れとした高域、ハイレゾの普及で高音質音源が容易得られる昨今、SiC SBDでの音質は長い間お世話になったシリコンダイオードとはお別れの時が来た感があります。SiC
SBDの入手ができる内はこのダイオードを積極的に使って行きたいと思っています。
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■出力トランスと出力段の接続について |
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出力トランス「F-915」の一次側インピーダンスは5kΩです。巻線は3段増幅時に負帰還になるように巻かれていますので、本機のように2段増幅回路では位相を変えないと負帰還にはなりません。このため本機では回路図のとおり、一次側の位相を180度変えて出力管に接続しています。
この時、UL端子の巻線比も変わります。「F-915A」のUL端子はB-SG間が40%、SG-P間は60%で巻かれています。従って一時側の位相を変えますとEL34のスクリーングリッドとプレートとは巻線比40%のUL接続となり、より3極管接続に近づくことになります。
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■本機の特性と音質 |
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「HK-32」の一般特性は<■HK-324・回路図・実体配線図・特性.pdf> 4ページに示されています。
周波数特性:可聴帯域全般にわたり素直な特性を示しています。100kHz以上の高域周波数では,出力トランスの高域インピーダンス特性に依存するところが大きいわけですが,本機で採用した出力トランスF-915Aの高域特性は、10dB程度のNFBで使用する限りではわずかな位相補正を施すことで、特に大きな破綻もなく帯域の広い周波数特性が得られます。
ひずみ率特性:図示したグラフは「雑音ひずみ率特性・THD+N」です。雑音ひずみ率特性とは、残留雑音も含めたひずみ率特性のことで、特に断りのない限り一般的にひずみ率の測定は「雑音ひずみ率」で測定をします。
各周波数でのひずみ率特性は大きく異なることもなくしかも直線的に増加して行く特性は、電圧増幅段と出力段との間でキャンセルが発生していない証ですが、ドライバー段のリニアリティーが確保されていない定数設定では、本機のような素直な特性は得られません。
入出力特性:10dBのNFBを施した後の本機のゲインは24.8dBと実測されており、左右のゲイン差の実測は0.1dB以下です。出力はひずみ率5%時の定格出力で8.5W、ひずみ率10%時の最大出力で9.4Wが得られます。
下記にチャンネルセパレーション特性を示しました。
本機のダンピングファクターは7.7(1kHz 8Ω)、残留雑音は0.2mV前後と十分ローノイズアンプです。
無信号時の消費電力は実測110W/50Hz、突起物を含まないシャーシの寸法は350(W)x225(D)、ゴム足を含む全高は約210mmです。
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「音 質」 |
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HK-32の回路はオーソドックスな回路構成を採用していますが、電圧増幅部そして出力段のカソードのパスコンの値を十分大きく取り、シングルアンプでは不足しがちな低域のエネルギー感にも十分配慮した定数設定としました。
その結果SiC SBDの効果とKT120の持つ音質とが相乗的に表れたようで、ビーム管シングルアンプを忘れさせる低域のエネルギー感、実に透き通った高域、そして適度にマイルド感を併せ持つ高音質アンプに仕上がっています。
本機の回路設計はあまり小細工せずに作ったアンプですが、アンプの音質は回路設計だけで決まるわけではなく、キーコンポーネンツである出力トランス、そして出力管の選定、さらにはSiC
SBD整流など、いくつかの核になるコンポーネンツが融合して得られるものと思います。本機はKT150の搭載も可能です。是非お手元でお聴きいただければと思います。 |